2020年改正貨物自動車運送事業法は、荷主への勧告・公表制度の創設と標準的運賃の告示制度の導入が2本柱だ。
主要データ
- 自動車運転者の時間外労働の上限(特別条項):960時間(年)(厚生労働省、2024年4月1日施行)
- 運輸業・郵便業の月間平均就業時間:172.0時間(e-Stat、2026年4月時点)
- 標準的運賃の運賃水準引き上げ幅(目安):平均8%引き上げ(国土交通省、2024年3月22日告示)
「2020年の法改正で何が変わったのか」が分からないまま運送を続けるリスク
貨物自動車運送事業法の改正は2019年に成立し、2020年前後に順次施行されたが、「法律が変わった」という認識はあっても、自社の仕事に何がどう影響するのかまで整理できていない運送会社は少なくない。
たとえば現場では、荷主から「折り返しで頼む」と指示が来て、ドライバーが昼休みなしで荷積み・荷卸し・再積みを繰り返し、運行管理者も「荷主さんの言うことだから仕方ない」と黙認する状況が起きることがあるが、これは改正法の荷主への勧告制度が想定した典型的な問題事例であり、法律を知っていれば荷主との交渉カードになる一方で、知らなければドライバーだけが消耗し続けることになる。
結論からいえば、2020年改正の核心は「荷主も規制の対象に引き込んだ」という点にあり、それ以前の貨物自動車運送事業法では運送事業者側の義務が中心で、荷主は実質的に「お客様」として法律の外に置かれていたため、この構造に手を入れた意味は現場の力関係を考えるうえでも軽く見られない。
2020年改正の全体像:3つの柱を整理する
改正貨物自動車運送事業法(以下「改正法」)の施行状況を整理すると、大きく3つの柱に分けられる。法改正の解釈や適用範囲は国土交通省・厚生労働省の一次ソースに依拠して確認するのが前提であり、以下では制度の概要に絞って整理していく。
第1の柱:荷主への勧告・公表制度の創設
改正前は、運送事業者がいくら「荷待ちが長すぎる」「深夜の積込みをやめてほしい」と訴えても、荷主を法的に動かす根拠が乏しかったが、改正法では国土交通大臣が「荷主の行為が長時間労働の原因になっている」と認める場合に、荷主へ勧告を行い、従わない場合は社名を公表できる仕組みが設けられた。
具体的な発動要件や手続きの詳細は国土交通省の公示を確認する必要があるものの、実務上の意味は小さくなく、運行管理者が荷主との交渉で「改正貨物自動車運送事業法では荷主も対象になっています」と伝えられるようになったことで、従来の単なるお願いとは違う重みを持たせやすくなっている。
第2の柱:標準的な運賃の告示制度の創設(2020年施行)
2020年改正で新設された標準的な運賃の告示制度は、国土交通大臣が公示する「適正な原価・利潤を踏まえた運賃水準」を示す仕組みであり、罰則付きの強制ではないものの、運賃交渉の「ものさし」として機能することが想定されている。
教科書的には「目安の運賃を示すだけの制度」と説明されがちだが、現場では少し見え方が異なり、標準的な運賃を根拠にして「これ以下では走れません」と荷主に伝えられるかどうかは、運送会社の営業力のみならず交渉の組み立て方にも左右されるため、制度を知らなければ交渉の土台に乗せることすら難しい。
その後、2024年3月22日には改正貨物自動車運送事業法に基づく新たな標準的運賃が告示され、運賃水準が平均8%引き上げられたうえ、荷役の対価なども加算対象として明確化されており、この告示は現在も交渉の根拠として参照しやすい一方で、最終的な交渉内容や契約条件は自社の状況に照らして詰める必要があるため、必要に応じて行政書士等の専門家に相談したい。
第3の柱:実運送事業者の保護と多重下請け規制の強化
元請けから下請け、さらに孫請けへと仕事が流れる多重下請け構造は、緑ナンバーを持つ実運送事業者の運賃をじわじわと削る構造的な問題であり、改正法では一定の条件のもとで実運送事業者への適切な運賃支払いを求める規定が整備された。
また、運送業の許可・監査に関する制度も見直され、行政処分の厳格化が図られているため、Gマーク(安全性優良事業所認定)を取得している事業所であっても、認定の有無にかかわらず適切な法令遵守が前提になるという点は改めて押さえておきたい。
改正前後で何が変わったか:現場の力関係が変化した
改正前の実務を知っているベテランの運行管理者なら分かるはずだが、2020年より前の世界では「荷待ち3時間」は泣き寝入りするしかなく、荷主側に「待たせてはいけない」というプレッシャーをかける法的根拠が存在しなかった。
これは単なる制度の不足というより、運送事業者と荷主の間に法律が十分に介入していなかったという構造の問題であり、2020年改正はそこに最初のくさびを打ち込み、荷主勧告制度が実際に発動される場面は限られるとしても、「法的に荷主も対象になる」という事実そのものが、荷待ちや荷役時間の短縮を求める際の交渉の重みを変えたことが見て取れる。
e-Statが公表する毎月勤労統計調査によると、2026年4月時点の運輸業・郵便業の月間平均就業時間は172.0時間と依然として高い水準にあり、改正法の荷主規制が机上の制度にとどまるか、それとも実効性を持つかは、現場の運送会社が制度を理解したうえで使いこなせるかどうかにかかっている。
Step 1:自社が「特定事業者」に該当するか確認する
改正法の規制強度は、事業者の規模や荷主との関係によって異なるため、まず確認すべきなのは自社の規模と取引形態である。
保有台数が10〜50台規模の中小運送会社でも、取引先荷主の業種や取引量によっては規制の対象ラインに近い立場になりうるうえ、特に2026年4月に施行された改正物流効率化法の第二段階施行では、一定規模以上の物流事業者・荷主に対する規制強化が加わっているため、貨物自動車運送事業法の荷主勧告制度とは別の法律だと理解し、制度同士を混同しないことが欠かせない。
自社が「特定事業者」に当たるかどうかは、所管の地方運輸局または行政書士に確認するのが確実であり、自己判断だけで線引きすると対応を誤るおそれがある。
Step 2:標準的な運賃を「交渉の道具」として使う準備をする
標準的な運賃の告示があっても、それを使いこなすには準備がいる。次の3点を整理しておくことが、荷主との交渉を具体的に進める前提になる。
- 自社の原価構造の把握:燃料費・人件費・車両償却費・保険料などを車種・距離ごとに把握する。燃料サーチャージの計算は、最新の全国平均価格や自社の燃料費を参照しながら行う必要があるため、燃料サーチャージ計算ツール(/tools/fuel-surcharge/)を活用してほしい。
- 荷待ち・荷役時間の記録:どの荷主でどれだけの時間が発生しているかをデジタコや運行記録計のデータで可視化する。感覚ではなく数値で示すことが交渉の説得力を高める。
- 標準的な運賃の告示内容の確認:国土交通省が告示した標準的運賃の最新内容を確認し、自社の運賃設定と比較する。2024年3月22日告示版が現行の基準だ。
Step 3:荷主との書面による取り決めを整備する
荷主への勧告制度は、実際に発動されるまでに複数のプロセスを経るが、日常実務でより重要なのは、荷待ち時間・荷役作業の分担・運賃の内訳を書面で取り決めておくことであり、制度の存在を知っていても契約条件が曖昧なままでは、後で主張できる範囲が狭くなりやすい。
口頭での合意は後々のトラブルの温床になりやすく、いすゞフォワードのような中型トラックで毎日同じルートを走っていても、「荷役込みの値段か、荷役別の値段か」が書面で明確になっていなければ運賃交渉のやり直しが発生しうるため、改正法が「荷役の対価は別途加算できる」という根拠を与えているとしても、それを活かす前提として書面の整備が欠かせない。
書面整備の具体的な内容や様式については、全日本トラック協会が作成しているひな形や、地方のトラック協会の相談窓口を活用するのが現実的な進め方となる。
Step 4:ドライバーの労働時間管理を法改正に合わせて再構築する
2024年4月1日から施行された改善基準告示の改正(いわゆる「2024年問題」)により、トラックドライバーの年間時間外労働の上限は960時間に制限された(厚生労働省)ため、これは2020年改正の荷主規制と切り離して考えるのではなく、相互に関係する課題として捉える必要がある。
荷待ちが長ければ拘束時間が延び、拘束時間が延びれば960時間の上限に早く到達する一方で、荷主規制は荷主に改善を求める仕組み、時間外労働規制はドライバーを守る仕組みという役割分担になっているため、この2つは車の両輪のように連動し、片方だけ対応しても現場では機能しにくい。
運行管理者は、デジタコのデータを使って各ドライバーの月次・年次の時間外労働を把握し、年間上限に近づいている場合は早めに運行シフトを見直す必要があり、具体的な労務管理の判断については社会保険労務士への相談を前提に進めるのが無難である。
前提条件:どの事業者が改正法の影響を強く受けるか
改正貨物自動車運送事業法の影響が特に大きいのは、次のような事業者である。
- 大手食品メーカーや大型小売チェーンなど、取引規模の大きい荷主と取引している事業者
- 元請けの宅配事業者や特別積合の大手から仕事を受ける下請け・孫請け事業者
- 荷待ち時間が恒常的に発生している荷主との取引を抱える事業者
- 荷役作業(フォークリフト操作・パレット積み替えなど)をドライバーが担っている事業者
逆に、荷主が限定されており、積み下ろしが機械化されているルート輸送では、荷主規制の影響が表面化しにくいケースもあるが、その一方で時間外労働規制は業態を問わず全事業者に適用されるため、自社は関係が薄いと決めつけない姿勢が求められる。
プロと初心者の差が出るポイント:制度を「交渉カード」に変える使い方
改正法を知っているだけの事業者と、使いこなしている事業者の差はどこで出るかといえば、「記録の積み上げ」と「交渉のタイミング」にある。
よく「法律があっても荷主には言えない」と言われるが、それは記録がないから言えないという前提が抜けており、荷待ち時間をデジタコや運行記録計で記録し、月単位で集計して「先月の御社への配送で荷待ち合計○時間が発生しています」と数字を示せば、交渉の土俵は変わり、感情論ではなくデータに基づく実務的な改善依頼として受け取られやすくなる。
国土交通省自動車局が推進している「荷待ち・荷役時間の記録・報告」の仕組みもこの方向性と一致しており、2025年4月施行の改正物流効率化法(第一段階)では、全荷主・物流事業者の努力義務として荷待ち時間・荷役等時間の短縮が明記されているため、「記録して報告する」という行動自体が法令の趣旨に沿った動きとして位置づけられる。
一方で、初心者が陥りがちなのは「制度を知ったら勝手に動く」パターンであり、荷主への勧告制度を根拠にいきなり強硬な交渉をして関係が悪化したケースは現場でも珍しくないため、制度の発動はあくまで行政が行うものだと踏まえたうえで、改善依頼を丁寧に積み重ねていくほうが実務にはなじみやすい。
現場での判断基準:今すぐ確認すべき5つのチェックポイント
改正法を踏まえて、今日から確認できる実務上のチェックポイントを整理する。
- 運送契約書・運送約款に荷役作業の範囲と対価が明記されているか
「運転手が荷役もやる」が口頭合意のままになっている場合、荷役の対価が回収できていない可能性があるため、書面で明記することが先決となる。 - デジタコまたは運行記録計の記録が荷待ち時間を捕捉できているか
荷主別の荷待ち実績を集計できる状態になっているかを確認する。記録がなければ交渉も改善もできない。 - 各ドライバーの年間時間外労働の累計を把握しているか
2024年4月施行の改善基準告示に基づく上限(厚生労働省告示)に対して、現在の進捗を月次で把握する体制があるか確認する。 - 標準的な運賃の告示水準と自社の実際の収受運賃を比較したことがあるか
現行の告示内容は国土交通省の公式ページから確認できる。まだ比較していない場合は、全日本トラック協会の相談窓口を活用するのが近道だ。 - 下請け先・孫請け先の事業者が緑ナンバーを保有しているか確認しているか
白ナンバーへの再委託は貨物自動車運送事業法上の問題になりうるため、庸車(外部委託の運送会社)を使う場合は許可証の確認が前提になる。
次にやるべきこと:制度を「知っている」から「使っている」に変える一歩
まず、自社の主要荷主2〜3社について、過去3カ月分の荷待ち時間をデジタコや運行記録計から抽出してほしく、合計時間が出たらそれを標準的な運賃の告示に照らした待機料の水準感と比べてみるとよいが、金額の試算は自社の実燃費・走行距離・人件費を変数として当てはめてこそ初めて意味を持つ。
制度の詳細確認や書面整備は行政書士や社会保険労務士に依頼するのが確実であり、「法律の話は難しい」と後回しにしている間も荷主との力関係は自然には変わらないため、2020年改正が打ち込んだくさびを自社の武器へと変えていく最初の一歩として、まずは記録の可視化から着手したい。
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